第12回左京フォーラムにぜひご参加をお願いします
2016年11月22日火曜日
2016年10月14日金曜日
これが京大? 回答はしないで、お上への報告書はこっそり訂正?
7月1日発生の京大病院旧産婦人科病棟の放射線管理区域での失火による火災とその後の原子力規制委員会への「届け出」書類の内容について8月24日に質問書を京大に提出した。差し出し人は「市民環境研究所 石田紀郎」である。1ヶ月半も過ぎたのに京大からの回答がない。そこで、窓口になっている人物に電話して回答を催促した。彼の答えは「京大ホームページに掲載している原子力規制委員会への届出書の訂正版」が回答だと言う。書面で出した質問書に回答書も出さず、仮に質問した事項を検討し、間違いを気付き届出書を訂正したとしても、それは回答したことにならないだろう。まして、回答書をHPに掲載したなら質問者にその旨を伝えるのが当たり前だろう。この対応にはさすがに呆れ返った。この対応を決定した数名の人物の名前を聞いたが、彼らがどのような資格と権限を持っているのか、なぜそのような京大の対応を決定できるのかの説明を窓口もできなかった。腐り行く組織の典型を見る思いであった。
2016年8月1日月曜日
京大の届出文書と原子力規制委員会の関係ー書いただけ受け取っただけ
京大のホームページには「京都大学医学部(病院RI実験施設)における火災についての危険時の措置の届出」と題する文書が公開されている。この文書の中味を検討するために、規制委員会に1)届出書類を受け取ったか 2)その内容の妥当性,整合性をチェックしたか 3)その文書の公開に同意したか と訊ねてみた。最初は「京大の届出に関して当委員会はチェックして間違いがないと判断したから公開したはずと回答」したが、数時間あとには、「届出を確認しただけで審査はしていない。今後も内容のチェックをすることもない。記入形式が間違ったりしていたら指摘するだけである」との最終回答を得た。 どうも頼りない経過ではあったが、中味の整合性などはどうでもよく、放射性物質を使用していた研究室で火事が発生したが、室外には放射性物質は飛び出さなかったと京大が伝え、委員会はなんの検討もなく、それはよかったと無責任に返事し、文書は今後も書類の山の中で放っておかれるだけのようである。電話の相手は 03-5114-2190(コールセンターと名乗っていた)である。かくして、住民が何を問題にしているかなどは規制委員会にとって「知った事か」で終わりである。近い内に第2回目の申入書への京大からの回答が届くとのことで、その回答を申し入れ団体と一緒に検討したいと思っている。
2016年7月26日火曜日
京大と京大病院は住民に対して説明責任を果たしなさい
京大研究室火災の情報公開を求める住民連絡会が京大に再申入書を今日提出された。その詳細は住民連絡会のホームページで確認してください。市民環境研究所も本申し入れに同意して賛同団体の一員になりました。京大の前回の回答は火災と火災の影響を理解するためには不十分なものであったので、今回は賛同団体として参加した次第。その上に、京大が原子力規制委員会に提出した「京都大学医学部(病院RI実験施設)における火災についての危険時の措置の届出」を入手し、中味を吟味しているが、非常に分かりにくく、結論が先にありきで論が展開されている。今回の再申入書でも触れられているが、京大の回答次第では規制委員会への届出書についても議論をしなければならないと思っている。みなさんもこの二つの書面を読んでください。
2016年7月12日火曜日
京大火災の情報公開を求めた住民への回答ー相変わらずの不遜さ
「京大研究室火災の情報公開を求める住民連絡会」が提出していた申入書への回答が京大と京大病院から届いたという。そのコピーを連絡会の方が持ってきてくれた。一応、全質問に回答されているが、相変わらずの不遜な態度しかない。お詫びの文書を近隣住民の顔を見ることなくポストに投げ込んだだけと同じ不遜さである。連絡会の感想なり反論が公にされていないので本ブログの反論は今日はしない。それでも1項目だけ述べるとしたら、あの旧産婦人科病棟のどの室を使用し、どこから出火したのかを示す図面くらいは添付しておくのが常識だろう。1部屋だけを使っていたのか、2部屋以上を使っていたのかも分からない。
2016年7月9日土曜日
放射性物質は屋外に飛散しなかったのだろうかーぜひ立証を
火災発生から3日が経過した7月4日の午後になってようやく医学部附属病院 稲垣暢也 病院長名のコメントが発表された。その中で、「放射線による周囲への影響につきましては、消防署及び本学環境安全保健機構放射線管理部門が測定した結果、外部には拡散していないことを確認しております。」と記載されている。そして、その証しとして、「建物外部の放射線については、自然界と同レベルであることを確認しています。7月1日 20 時30 分頃 当該実験室に面した屋外で 0.1 マイクロシーベルト/h 以下」と書かれている。計測値そのものを疑う気はないが、猛烈な火炎が窓を突き破って屋外に噴出していた時点での計測値はないのだろうか。そのような測定ができるとしたら、消防隊以外にはない。京大病院が位置しているのは左京区であるから左京消防署を訪ね、当時の様子をお聞きしてきた。ここだけでは不十分であるので、京都市消防局にも出向き、消火活動と放射能測定の実態を詳細に聞くことができた。現段階で詳細を公表しないが、7月11日に市民団体への回答を京大が行うと側聞しているので、その回答を拝見して考察したい。ネット上には発生直後の火炎の状況写真が掲載されているのでその一枚の画像を借用する。このような猛火の中で放射性物質を入れた容器や実験道具はどのような状態で室内にあったのかを京大病院は詳細に説明する義務があるだろう。そうでないと、病院長が言うところの「外部には拡散していないことを確認」も「今後は火気等危険物の安全な取扱いを徹底し、再発防止」もできないだろう。
2016年7月8日金曜日
京大と京大病院の横柄さー詫び状とホームページから
7月7日の夕方に知人との電話で京大の職員らしい人物がお詫びのチラシなるものを持参して出火お詫びに来たと分かった。1日の火災発生から6日後である。持参したのは京大のホームページに掲載されている「当院旧産婦人科病舎で発生した火災のお詫びとご報告について」と題する病院長の文書の左上に「近隣住民の皆様へ」を付け加えただけのものである。これを作成するのに3日間、持参するのに3日を要する京大のお粗末仕事ぶりである。それでも届いたからと怒りながらも納めてくれる地域住民の寛容さを京大は学んだのだろうか。
さて、小生があまりのお粗末さに怒りの電話を入れたのが4日の午前9時、それから始まったとしか思えないお詫びのドタバタはここで切り上げて、お詫びの中味吟味の段階に入ろう。「放射線による周囲への影響につきましては、消防署と本学環境安全保健機構放射線管理部門により測定した結果、外部には拡散していないことを確認しております」と書かれている。しかし、「いつ、どこで、どのような火災の状況下で、誰が、どのようにして」測定したかは何も書かれてなく、すぐさま「外部には・・・」では小学生でも説得できないだろう。上記の長い名前の部門による調査の結果が文末に記録されているが、測定は7月1日の20時30分頃と23時10分頃である。火災発生は18時17分、鎮圧は18時45分、鎮火は22時00分である。さて、放射性物質が入った容器の質と量、どこに、どのように置かれており、鎮火した後の容器と放射性物資の存在形状はどんなものだったのだろうか。ぜひとも、京大ホームページで説明していただきたい。
さて、小生があまりのお粗末さに怒りの電話を入れたのが4日の午前9時、それから始まったとしか思えないお詫びのドタバタはここで切り上げて、お詫びの中味吟味の段階に入ろう。「放射線による周囲への影響につきましては、消防署と本学環境安全保健機構放射線管理部門により測定した結果、外部には拡散していないことを確認しております」と書かれている。しかし、「いつ、どこで、どのような火災の状況下で、誰が、どのようにして」測定したかは何も書かれてなく、すぐさま「外部には・・・」では小学生でも説得できないだろう。上記の長い名前の部門による調査の結果が文末に記録されているが、測定は7月1日の20時30分頃と23時10分頃である。火災発生は18時17分、鎮圧は18時45分、鎮火は22時00分である。さて、放射性物質が入った容器の質と量、どこに、どのように置かれており、鎮火した後の容器と放射性物資の存在形状はどんなものだったのだろうか。ぜひとも、京大ホームページで説明していただきたい。
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