2020年2月5日水曜日

「消えゆくアラル海」30年の記録を出版



2008年9月から2012年11月までに26回に亘って、月刊誌 環境浄化技術(日本工業出版)に連載した「消えゆくアラル海を追いかけて」を1冊にまとめて藤原書店より先月に出版していただきました。カザフに行き始めて30年が過ぎました。1989年から現在までの調査記録とカザフスタン、アラル海の状況を記録し、ソ連邦崩壊前後から30年後の現在までを知っていただけると思います。題名は「消えゆくアラル海—再生に向けて」です。
書店やAmazonなどで扱ってくれています。日本カザフ研究会(JRAK)の活動を休止して10年以上になりますが、NPO法人市民環境研究所の事業として、干上がったアラル海旧湖底沙漠での植林を継続しており、毎年シルダリア河口域の村カラテレンに出かけています。藤原書店からは、一昨年に「現場につながる学者人生」と題する本も出版していただいております。




      

2020年2月4日火曜日

はずかしい一語に尽きる竹内譲の街頭演説をどうぞ


竹内譲(公明党)の大演説。さすが公明党、人を侮辱するだけの公明党であることを自ら証明した、貴重な街頭演説を紹介します。安倍政治にくっ付き人権と自治をないものにしている嘆かわしい公明党であることを自ら告白した演説である。これで、よくも「小さな声を聴く公明党」などと言えるものである。小さな声を潰し続け、大きな権力にすがりついてる公明党でしかない。それでは竹内の講演を読んでください。

『今回はみなさん関心がない。いつ選挙なのなんて言っている人もまだまだいらっしゃいます。低投票率で35%ぐらいしか知らない。選挙があることを。
 そして、二つ目にこの共産党の候補者ですよ。市民派といっているが、これはもう完全に共産党まるがかえの候補者。この共産党がものすごい空前絶後の運動をしている。これはたいへんな事態であります。
 そしてまた三つ目に、第3の候補もでておられますね。京都党の方が。
  そのために本当に実はいま危ないんですよ。門川さんが大丈夫だろうってみんな言っている。しかし、これが危ないんです。われわれのシュミレーションでは本当にギリギリ。当落線上を共産党と激しいデットヒートを繰り返している、これぐらい危ないといっても過言ではありません。
  私どもはぜひとも、いま西田先生(註:自民党のあの西田にこと)からもありましたけれども、やっぱり、共産主義社会っていうのは恐ろしいと思うんですよ。自由と民主主義を否定する一党独裁ですよ。そしてまたこの共産党の意見に反対する意見は認められない。監視され、そして、場合によっては拘禁されることもある。これが共産主義の一般的な形ですよね。そういう意味で私どもは、この京都市長に共産党はノーであります。京都市長に共産党はノーであります。このことを申し上げたいわけでございます。』
 
 河野太郎とどこが違うのか、河野太郎よりも悪質、低レベルの竹内演説である。

これが河野太郎防衛大臣の京都での街頭演説


注目された京都市長選は現職の勝利で終わりました。残念ながら「つなぐ京都2020」の福山候補は負けましたが、多くの成果物を残してくれました。
 この選挙戦中に来洛した河野太郎の街頭演説を友人が録音テープお越しを送ってくれました。中東に自衛艦を派遣した防衛大臣です。どのように皆さんは読まれますか。

 『私は学生時代、当時まだ共産主義の国であったポーランドに半年、留学をしていたことがございます。共産主義の生活というのはどういうものか、自分の目で見たかった。自分で体験をしてみたかった。そう思って、当時共産政権下のポーランドに半年留学いたしました。街は灰色、色がありません。街を歩いている人の顔に表情はありません。食べ物は毎日、じゃがいも、赤カブ、酢漬けキャベツ。ソーセージを買うのに配給の切符を持って一時間並ぶ、あたりまえでした。文化も芸術もイデオロギーに反することはできない、そうやって国民の生活の中から色を失わせていく。それが共産主義の実情でした。みんなが平等といいながらも、共産党の一部の特権階級の人だけが、たいへんいい暮らしをしている。みんな平等だけれども、一部の人はもっと平等、そういう共産党政権の欺瞞も目の当たりにいたしました。

 その共産主義、私がポーランドにいたのは1984年でしたが、89年にいっせいに崩壊しました。ハンガリーが国境を開いて人々が自由に往来できるようになったとたんに、東ヨーロッパの共産主義の政権が全部倒れ、ソ連が崩壊し、ソ連と東ヨーロッパから共産主義が一掃されました。それが1989年です。そこから30年たちました。この30年の間に共産主義の現実がどういうものか、だんだんわれわれの頭のなかから薄れていってしまった。私は非常に危険だと思っています。

共産主義から逃れるためにどれだけ多くの人が命を落としたか、共産主義の政権を倒すためにどれだけ多くの人が命を落としたか。20世紀の後半は、共産主義政権との闘いだった。そして冷戦をへて共産主義が崩壊をした。その共産党をもう一度政治の場に戻してはならない。私はそう思っております。一つの地方選挙ではありません。そういうかつて、われわれが一生懸命闘った、その記憶を消してはいけません。イデオロギーに文化も芸術も市民一人一人の暮らしもなにもかもイデオロギーに従わせる、そういう政治をこの京都に戻してはいけない、そういう戦いでもあると私は思っております。

今回の京都の市長選挙は門川市長がこれまで3期12年間しっかりとやってきた京都のまちを、経済を、活性化する、それを、総仕上げをする、次の4年をつくるための選挙であります。そして、この京都のまちに共産主義の市政をつくらない、イデオロギーになにもかも従わせるような政治を京都のまちにもってこない、そのための闘いだと私は、思っています。』

2020年2月2日日曜日

京都市長選挙運動が終わり、明日(2月2日)は投票日

2月1日、市長選最終日。明日は投票日。あっという間の選挙期間でした。福山和人候補の奮戦ぶりと自分たちの主張を有権者に説明する姿勢に納得の日々でした。門川陣営の質の悪さは新聞広告にすべて表れています。今日も新たな広告が各紙に掲載されました。第一回の広告に顔写真とともに掲載された人々は消えて、陣営内の国会議員や各党の京都府連の代表者が登場しました。自民、公明、立憲民主、国民民主が政党として登場しましたが、社民党は参加しなかった。第一回目の広告が多くの人々からきびしく批判され、その内容のひどさに陣営内でも収拾が付かなくなったからでしょう。
 門川候補と我らの福山候補との激戦です。私は福山候補が多くの市民の支持を得た選挙運動だったと確信しています。明日の結果が楽しみです。どうか有権者の皆さん、投票に出かけてください。そうすれば新しい政治が始まります。福山候補の勝利は今後の全国の選挙と政治に大きな変化をもたらすと思います。市民と政党の連携の在り様としての「京都方式」は今後の日本社会を変えて行くものになると思います。ぜひ投票してください。

2020年1月31日金曜日

未来の京都をつくる会の新しいチラシー立石と西脇だけ

門川陣営の新しいチラシを見せてもらった。「大切な京都をONE TEAMで前へ」と大書してある。その下段の文言も変わっているが、政策項目は新聞広告と同じである。もっとも変わったのは支持者の人数である。9名も居たのに立石と西脇だけである。あとの7人は門川と縁を切ったのか?それぞれがなぜ登場しないかを説明してほしいが、それ以上に門川がこの事態を釈明する義務があるだろう。彼のいいかげんさからそんなことはしないだろうが。

2020年1月30日木曜日

立憲民主党京都に期待していたが-もう終わり

立憲民主の福山哲郎のツイッターを読んで、これではと。
曰く「私が門川大作京都市長候補を応援する理由は、3期京都市民とともに汗をかき、知恵を絞り、結果を出されたことを評価するからです。京都市立中・高の改革、待機児童ゼロ、・・。」と。どんな分析をし、どこにそんな評価できる基準を置いているのか。また、「選挙運動が過熱化しているとはいえ、今回の意見広告には強い違和感を覚えます」と。単なる違和感だけかと問い直したい。戦後の育んできた民主主義を根幹から破壊する表現である。「立憲民主党の市長はNO」と言う広告が出たら、福山哲郎は「違和感を覚えます」と談話を発表するだけなのか。何度もあなたと市長選や知事選などをめぐって話しをしたが、必ず言うのは「共産党と一緒にやったら政治生命がなくなるからダメだ」という文言であった。今回の市長選でも同じことを言われた。東京で、国政の場での「野党共闘」は政治生命を終わらすためにやっているのか。国民に対しても、政党に対しても、それでは失礼ではないか。東京と京都では違ってよいのか。今回も、門川の後ろでバンザイをするのか。それでは違和感を覚えるのでは、もはや真の政治生命は終わりになっているのでは。

2020年1月29日水曜日

門川陣営の広告ー連名者はなにも知らなかったという


 あの一面広告を掲載した京都新聞が2020年1月29日(今日)の朝刊に、この広告に名を連ねた9人のうち、内容を知っていたのは立石義雄のみだと報じている。西脇府知事、有馬臨済宗管長は知らなかったと、中島貞夫映画監督も知らなかったしこんな内容はダメだと。放送作家の小山薫堂も堀場厚も知らなかったと言う。「未来の京都をつくる会」の責任者は「あらゆる広告物に推薦人の名前と写真を使用することは事前に了承を得ている」と断言している。自民と公明党は仕掛人だろうから積極的に広告を出したのだろうが、国民民主と立憲民主はどのような対応をするのだろうか。昨日の本欄に記載した「未来の京都をつくる会には入っているが、広告はその会が発行したものであって、自分らの政党が発行したものではないと、辻褄の合わない回答を繰り返した。」の発言者は社民党の窓口人物である。公党としての説明を各党はすべきである。門川本人はもちろん内容などを知っていたのだろうから批判する気も起こらない。門川大作は昨日までは門川不作と思っていたが、今や門川凶作でしかないと冗談を言うのも嫌になる存在である。