2013年12月31日火曜日

自治が消滅する大学

このブログを立ち上げたのは京都学園大学で発生したセクハラ事件への当該学部ばかりでなく大学自体の無責任さを検証し、大学のあり方を大学人に考えてほしいと思ったからである。残念ながら、京都学園大学にはその能力がないことだけが明らかになった。裁判が和解して終わり、当事者はすべて大学と関係ない存在になり、そんな事件があったことさえ忘れている様子がいろんなチャンネルから伝わってくる。教育組織としての大学の終焉であり、反省のない大学ではこれからもこんな事件が頻発するだろう。その理由は「自治」という概念が大学を構成する教員の意識の中にないからである。自治を目指さない組織には自浄作用などが生まれる訳がない。そんなことを考えていたら、京大の現役教員からメールが届き、京大の総長選出を全学選挙から特別組織による指名制に変更されそうだから、反対署名に協力してくれとの要請であった。かつては「学部自治」が重視されたが、最近の様相は大学当局(総長)の命令を実行するのが学部の機能のようである。学部自治などとは死語であり、現役教員はこんな言葉を思い出したことも、まして使ったこともないだろう。自治意識がなくなった組織では自立も自浄も期待できない。
 

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