カザフの知人からこんな情報が届いた。
『2003年にナザルバエフとプーチンはカザフスタンに原子力発電所を作る事に合意し、その後ナザルバエフは適当な場所を四つ選んだ。その中で一番良い所はバルハシ湖にあるウルケン村でした。ウルケン村(УЛЬКЕН)はアルマタから357kmの小さな村で、仕事もないし、とても貧乏な村であり
捨て残された 今の チェルノブイルのように見えるそうです。ここに1000メガワットの原子炉を二つ設置する計画ができました。第二番目はクルチャトフ市でした。 バルハシ湖に原子力発電所が建設されるとの情報が広まるとカザフスタン住民の60.4%が反対しでいることが世論調査によって判明しました。しかし、カザフスタン政府は世論を無視し
2011年の福島の悲劇も教訓にせず、2025年にウルケン村に原子力発電所の建設を竣工する予定です。いまの段階では設計、投資者、投資金 それから競売 等色々な問題を解決しなければならない初期段階です。」。
フクシマの悲劇を隠蔽し続ける安倍内閣はその悲劇をカザフにまで拡大しようとしているのです。
2015年1月10日土曜日
2015年1月8日木曜日
原発販売が成長戦略の柱とする安倍政権批判をーカザフに原発
新年早々の1月3日の朝日新聞の記事で、東芝がカザフに原子炉を輸出する交渉を進めていると報じた。東芝も政府も丸紅もフクシマをどのように総括しているのだろう。あきれ果てる所業である。成長戦略の柱だという安倍内閣を成立させた責任を考えよう。記事は以下のように記している。「福島第一原発の事故後、日本では新規の原発建設が難しくなっているが、海外への輸出は、政府が成長戦略の柱の一つと位置づけている。」と。チェルノブイリとフクシマが原発は人類社会と共存できない技術であることを証明したにもかかわらず、自国で売れなければ他国に売ればよいとする安倍政府を私たちは容認するのか。そのような「成長」を日本人は認めているとは思えないのだが。アラル海問題を見続けてきた者として、カザフに原発輸出など認めることはできない。
ブログ「 サロン中央アジア」と「市民環境研究所ブログ」も併せてお読みください。
2015年1月1日木曜日
新年もフクシマに教えられて生きて行こう
年賀状を出さない私にも年賀の挨拶をくださる方々がある。自分は出さないのに送られてくる年賀状はうれしい。今年もフクシマからの便りがあった。「あれからの福島はいろいろと『なかったこと』にされています。復興が進んでいくうれしい反面、残念なことが多々あります」と書かれていた。公害は常に「なかったこと」にすることで被害者を葬り去ります。人災の積み重ねが公害なのです。「なかったこと」にさせないための、今年という日々を皆さんと生きて行きましょう。私のささやかな元日の誓いです。
2014年12月25日木曜日
関電に抗議をー値上げの前にやるべきことがあるだろう
昨日の夕刊で関電の無反省な値上げの記事が出ました。なんの反省もなく、原発を動かせなかったからと電気料金の値上げを決定したという。関電に抗議のための申し入れを仲間が始めました。ぜひ参加を。take4luckylong@gmail.com までご連絡。
2014年12月23日火曜日
京都6区でも、安倍を上張り、でも違反ではないと
たまたま出会った知人が、自民党6区候補者のポスターに安倍来るの小振りのポスターを上張りしているのは違反でないかと選管に問い合わせたと教えてくれた。12月8日だったという。その結果は「違反でない」と言われたそうである。2区と6区でなぜ対応が違ったのか。選管は説明する義務がある。両区とも民主党の候補者が当選した。
2014年12月21日日曜日
こんなことが許されるのかー選挙用掲示板の異変
早朝のイヌとの散歩は最近の楽しみである。さわやかな気分で大通に出ると総選挙用のポスター掲示板がある。ここ京都2区選挙区では自民、民主と共産の3候補のみの立候補者である。選挙民には顔なじみの面々であるから、いまさらしげしげと見ることはないが、12月9日の掲示板を見て驚いた。自民党の候補者の顔を隠すように安倍晋三の顔があったからである。なんと翌日10日の11時30分に山科駅前に安倍が来るとのポスターがホッチキスで止めてあった。こんなことが許されるのだろうか、掲示板を何十年も見て来たがこんなことは初めてである。イヌとのたのしい時間のあとで京都府選管に電話をしてみた。男性が「比例区もありますから、党首の写真だから問題ないでしょう」と言う。昼頃再度電話を入れると「違反と思われるので対処(撤去)を求めた」という。妥当な対応である。ところが夕方に所用で出かけたところ、何ヶ所にも残っている。選管に夜になって問い合わせると「警察に通報したので」という。翌日警察に電話を入れると「聞いてない」と言って、「現場を教えてくれ」という。選管にまた電話をしても要領の得ない返事のみである。そして、山科駅に安倍が来る時刻も過ぎて、上張りポスターは大役を終えた。選挙後の掲示板にも何ヶ所かでそのままに残っていた。はたして許される行為なのだろうか。

2014年12月17日水曜日
最低の投票率で最低の政府を造ってしまった責任は?
今回の総選挙での投票率は戦後最低であったという。そうして安倍内閣は信頼されて、選挙の争点から必死ではずした原発再稼働、集団的自衛権の解釈改憲、秘密保護法などをさっそく具体化しようとしている。だったら自民党に投票した人々の意思は争点でないことを一番に考えていたのだろうか。重要課題を提示せず、説明せず、議論せずで国を形を変えようとする政府は最低の政府ではないのか。そのような政府を創り出してしまった、自民党に投票した人々や選挙に行かなかった人々はこれから自分の意思を表明し行動する責を負っているのではなかろうか。考えよう、最低の投票率の持つ計り知れない意味を。
登録:
投稿 (Atom)


